「Emergency & I」は今こそ再評価されるべき
2021年も間もなく上半期が終わる。今年はとにかくポストパンク系の音楽が強い。去年からの流れがさらに強化されている。
海外からは主に
Shame、Black Country New Road、Dry Cleaning、Squid、Black Midi、LICE
(LICEは個人的に年間ベスト候補筆頭。ヤバさにもっとみんな気づけ・・・)
国内なら
NEHANN、PLASTICZOOMS
さて、そんな今年のポストパンクを聞いていると、ふつふつと湧き上がることがある。
「Emergency & I」は今こそ再評価されるべきだ
The Dismemberment Planの「Emergency & I」をApple Musicで
ロックバンド the dismemberment plan の1999年リリースの代表作である。
一応「いやなにこれ」という人に、これがどれくらいの評価を受けてるのか説明しよう。
・1999年ピッチフォークの年間ベスト1位に選ばれる。当時の得点は9.6点。
・2011年の再発時はピッチフォークで10点満点。
余談だが、これの次作「Change」もそれはそれは名盤で、Snoozer、CROSSBEAT、イースタンユース吉野氏から年間ベストに選ばれたらしい。(Wikiより)
評価と知名度がこれほど釣り合っていないアルバム、そしてバンドを他に知らない。
the dismemberment plan はワシントンで結成されたバンドであり、当時のフガジなどDischordのバンドたちと共にあったため、よくポストハードコアやエモの系列で語られる。
けれでも彼らの異質さは、ポリス、トーキングヘッズといった変則的なポストパンクのにおいを含みながら、ポップさも併せ持っていたことだ。
というわけで、今のポストパンクの音を感じながら、この傑作の魅力を挙げて再評価していこう。
魅力① 反復する単音
たとえばアルバムの開幕曲「A Life of Possibilities」は4分程度の曲だが、序盤の2分半ほどはひたすら同じフレーズの反復である。テレビジョンのマーキームーンを思わせるようだ。徐々に感情を逆なでしてくる。おそらく彼らの場合は根底にポストハードコアがあるので、マスロックのような展開が得意なのだ。
今のポストパンクバンドの中でもSquidが好きな人にはこの要素は気に入るのではないだろうか。Squidはひたすら反復しているわけではないが、彼らはエレクトロニカの名門、WARPからのデビューである。その理由はバトルスのようなマスロック的アプローチの音楽とも親和性が高いからではないかと推測している。そのため改めてこのアルバムを聞いてもらいたい。
魅力② ひっそりとある浮遊感
収録曲#4「Spider in the snow」、#5「The Jitters」に見られるものだ。両曲ともにメインのアルペジオの裏で、トレモロやディレイをかけているような音が鳴る。余計に不穏さを煽りながら、2本のギターが絡み続ける。
この要素はDry Cleaningが好きな人に刺さるのではないだろうか。Dry Cleaningはポストパンク好きに聞かれているが、どちらかというとソニックユースを思わせるようなクールさがあり、ディレイやリヴァーヴがあるのか、よりオルタナティブな雰囲気を自分は感じている。だから複雑なギターの絡みがしっかりあるEmergency & I も聞きやすいはずだ。
魅力③ 幅広い音とジャンルレスさ。
これはアルバムを通して言えることだが、Emergency & I は、やっていることがかなり幅広い。序盤はオルタナ・ハードコアの側面を出しながら、#6「You are invited」では電子ドラムのような音をメインに据えた打ち込みライクな曲になっており、#9「The City」でもテクノようだと感じる。#11「8 1/2 Minutes」もケミカルブラザーズを彷彿とさせるようなカッティングと打ち込み音の融合からの、パンクらしいロックなサビが楽しめる。アルバムのラストを飾る「Back and Forth」はストーンローゼスでも聞けそうな軽快なドラムが楽しめるダンサンブルなナンバー。
今でいうとまさに、Black Country New Road、Black Midiが好きな人に受け入れられる要素である。彼ら2バンドの2021年のアルバムたちのほうが、音の種類・ジャンルの多様さとしては多いと思うが、ボーダーレスさならEmergency & I も負けてない。一枚を通して退屈しないはずだ。
魅力④ 1曲単位でも、アルバム全体で聴いても変則的
Emergency & I の最大の魅力はここに尽きる。とにかく展開が二転三転する。おとなしくしていたところから急にバーストしてギターをかき鳴らすことは当然曲の中で頻繁にあるし、急にポップになったりする。アルバム全体でとらえても急転する。例えば#6「I Love a Magician」、#8「Gyroscope」はがっつりハードコアを感じられる曲で、前後の曲と合わせての構成が素晴らしい。#10「Girl O' Clock」も前の曲の踊れそうな感じから一転してとにかくまくし立てるように強力なグルーヴで押し切ってくる。単純な緩急だけでなく、それぞれにポップな明るさも含めていてそれが急に現れるから、とてつもなく変則的である。
もうわかるだろうが、これはBlack Midiに通じるものだ。自分はBlack Midiのデビューアルバムを初めて聞いた時、「これは The Dismemberment Plan の再来だ!」と歓喜した。
Black Midiは2021年のセカンドアルバムでメロディアスな要素やもっと多彩な音楽を取り入れ、シームレスにつながっているようで、一枚で一つの世界を作るようなものだった。
先述したthe dismemberment planのChangeというEmergency & I の次にリリースされたアルバムは突き抜けるようにロックに振り切っているが、ややシームレスに感じられるようにもできていている。そういうところも、Black Midiに通じるものがある。
Black Midi の場合は突き抜けるのではなく、より深く広くなった。これはthe dismemberment planとは大きく異なり、そこにこれからの期待がより寄せられる。
いかがだっただろうか。
自分がいいたいのは、Emergency & I が今の音楽より優れているということではない。ちょっとずつ、今ブレイクしているポストパンクに通じる要素が混ざっていて、改めて素晴らしいアルバムだということだ。
今のポストパンクバンド勢は過去の音楽を見事に消化し、それぞれの差別化がされていると思う。
「こっちの方向わからないかも」と思った時に、もしかしたらこのEmergency & i から入っていけるかもしれない。
完全に余談だが『LICEのデビュー作「Wasteland」は本当にすごいぞ』ということは2021年に何回でも言っていこうと思う。Black Midi より Black Country New Road よりもLICEだ。
LICEの「Wasteland: What Ails Our People Is Clear」をApple Musicで